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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1024号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 塙善多

右訴訟代理人弁護士 田中登

被控訴人(附帯控訴人) 黒崎徹

右法定代理人親権者父 黒崎和夫

同親権者母 黒崎栄子

右訴訟代理人弁護士 坂根徳博

主文

一、原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)に対する請求を棄却する。

二、本件附帯控訴を棄却する。

三、原審における訴訟費用の二五分の四(原判決において控訴人(附帯被控訴人)がその負担を命ぜられた訴訟費用)と当審における訴訟費用とを合算し、これを被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)は、本件控訴につき、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、本件附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)は、本件控訴につき、「本件控訴を棄却する。」との判決を、本件附帯控訴につき、「原判決中控訴人と被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金五六万四、三八三円を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記に付加するほかは原判決事実欄記載のとおりである(但し、原判決一三丁裏終りから五行目に「民法四三二条」とあるのを、「民法四二三条」の誤記と認めて訂正する。)から、これをここに引用する。

(被控訴人の主張)

被控訴人は原審において控訴人に対し支払を求める遅延損害金の額を「金五六万を下らない。」と主張したが、当審においてこれを「金五六万四、三八三円」と変更し、明確にする。すなわち、右遅延損害金の額は本件保険金一、〇〇〇万円に対する昭和四八年四月一日(本件事故後に属し、被控訴人の本件後遺症の症状が固定した後であり、かつ、被控訴人の収入損現価基準日の翌日)から昭和四九年五月一七日(右一、〇〇〇万円の支払日の前日)までの民事法定利率年五分の割合による金額であり、これは金五六万四、三八三円である(1,000万円×0.05×412(日)÷365(日)=56万4,383円(円未満切捨))。保険金支払債務の発生とその履行期の到来は、右責任保険の目的である被保険者の損害賠償債務につきその発生と履行期到来の要件が満されるのと同時にその要件が満されるものであり、この間保険者において損害賠償債務の発生や履行期の到来を知ることも、保険金支払債務についての履行の請求を受けることも必要でない。したがって、両者の遅延損害金の起算日は同じ日である。

(控訴人の主張)

被控訴人の右主張は争う。控訴人が本件保険金一、〇〇〇万円の支払につきその履行を遅滞しなかったことについては控訴人がすでに原審において主張したとおりである。

(当審における新たな証拠関係)《省略》

理由

被控訴人主張の昭和四六年三月二二日に発生した本件交通事故による損害賠償として、原審被告高弘美(以下単に高という)が被控訴人に対し損害金四、一五〇万円と内金三、七七五万円に対する右事故後の昭和四八年四月一日から右支払済までの年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを命ずる原判決が昭和五〇年四月二四日言渡され、同年五月二八日に右当事者間で確定したことは、本件訴訟上及び本件一件記録から明らかなところである。また、控訴人と高との間で、本件事故当時、本件加害車について、高を被保険者、本件事故発生日を保険期間内、保険金額を一、〇〇〇万円とし、昭和四〇年一〇月に改訂され昭和四七年まで存在した自動車保険普通保険約款(以下本件約款という。)に基く自動車対人賠償責任保険契約(以下本件保険契約という。)が締結されていたこと、控訴人は、被控訴人の高に対する本件事故に基く前記損害賠償請求訴訟が第一審に係属中右の保険金一、〇〇〇万円を高に支払ったことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、本件保険契約においては、控訴人の保険金支払義務の発生及びその履行期の到来は、被保険者である高の第三者に対する損害賠償義務の発生及びその履行期の到来と同一時期であると解され、控訴人の前記一、〇〇〇万円の保険金支払債務の履行遅滞は、高の被控訴人に対する損害賠償債務の履行遅滞と同時に生ずると主張するので、この点につき判断する。

保険会社と被保険者との責任保険契約に基く保険金支払に関する権利義務の関係は被保険者と被害者との間の損害賠償責任関係を前提にするものではあるが、各別個の法律関係であるから、両者の権利関係の発生時期、義務の履行期等は当然に一致するものではなく、前者のそれは、第一次的にその契約内容により定まるものというべきである。

本件約款、特にその第二章第一条に徴すると、本件保険契約において、保険者たる控訴人は被保険者たる高に対し、高がその所有する本件自動車によって他人の生命又は身体を害することにより、法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補することを約しているものであるから、右契約の趣旨からすると、高の控訴人に対する本件保険金請求権は、その履行期の点はさておき、本件交通事故によって高が被控訴人に対し本件損害賠償責任を負担したとき、すなわち、右事故による不法行為成立のとき、換言すれば、本件交通事故の発生した昭和四六年三月二二日に発生したものとみるのが相当である。他にこの判断を左右すべき資料はない。

そこで、右の保険金支払債務の履行期について考える。本件約款においては、右の履行期については必ずしも明確な定めはない。しかしながら、右約款第三章第一四条第一項には、「被保険者がこの保険契約に基づいて損害のてん補を受けようとするときは、事故発生の日から六十日以内または当会社が書面で承認した猶予期間内に保険金請求書、損害額を証明すべき書類および当会社が特に必要と認める書類または証拠を保険証券に添えて、当会社に提出しなければならない。」と、同第一五条第一項には、「当会社は前条の書類または証拠を受領した日から三十日以内に保険金を支払う。当会社が前項の期間内に必要な調査を終了することができないときは、その終了後遅滞なく保険金を支払う。」と定められている。右の条項は保険金請求及び支払の手続を定めているものであるとともに、保険金支払の履行期を窺わしめるものであって、事故発生後被保険者から所定の要件を具備した保険金支払の請求があるときは、保険会社は必要な調査をしたうえ、保険金を支払うべきものとされ、右調査期間を経過したときに保険金支払義務の履行期は到来することを意味するものと解される。ところで、右第一四条第一項の損害てん補の請求に当り保険会社に提出すべき「損害額を証明すべき書類」とは、被保険者の損害、換言すれば被保険者が被害者に賠償すべき金額を証明する書類をいうものであることは明らかであり、右の金額は被保険者と被害者の間で確定した賠償額をいうものと解される。本件保険契約のような責任保険においては、保険会社が被保険者の損害と認めてこれをてん補すべき義務は、被保険者の被害者に対する損害賠償責任の存在及びその具体的内容が確定していなければこれを履行することができないからである。そして、右の損害賠償責任の存否及び賠償の具体的内容は、通常の場合は、両者間に成立する示談あるいは確定判決(裁判上の和解、調停等を含む)により両者の間で確定されるものであり、特別の定めのないかぎり、通常これをまって始めて被保険者の保険会社に対する保険金請求権の行使は可能となり、前記調査期間を経、あるいはこれを要せずに(保険会社が関与して確定された場合)、保険会社の保険金支払義務の履行期は到来するものと解される。右のように被保険者の被害者に対する損害賠償の確定が保険金支払の前提をなしていることは、前記責任保険の本来の性質から明らかであるが、なおこのことは本件約款のその他の条項、例えば被保険者が損害賠償責任の全部又は一部を承認するについて保険会社の承認を要するものとし、被保険者が損害賠償責任に関する訴訟を提起し又は提起されたときには直ちに保険会社に通知するものとされていること等に照しても、肯認されるところである。したがって、本件約款に基く保険契約においては、被保険者と被害者の間に損害賠償額が確定しないかぎり、保険金支払の履行期は到来せず、保険会社は履行遅滞の責を負うことはないものと解される。

被控訴人は、右のように解することは、被保険者及び被害者の保護に十分でなく、自動車対人損害賠償保険における合理的保険関係を阻害するものであるとし、不法行為に基く損害賠償義務の履行期と加害者に対する保険金支払義務の履行期は当然同一時期に到来するものと主張するが、その主張は、根拠を認めがたく、採用できない。

以上を本件についてみるに、本件記録及び当事者間に争いのない事実によれば、被控訴人と原審被告高らとの間には本件事故につき、被控訴人側の過失の割合、被害の程度(とくにその後遺症につき)について争いがあり、損害賠償額につき示談が成立せず、本件訴訟に発展したものであって、右訴訟の第一審裁判所に被控訴人の後遺症につき鑑定の結果が提出された後、弁論終結をまたず控訴人は昭和四九年五月一八日頃保険金全額を支払ったものであることが認められる。したがって、控訴人の右保険金の支払は、その履行期の到来をまたずになされたものであって、控訴人に右の支払義務の履行につき遅滞があったものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、被控訴人が高を代位して控訴人に対してする本件保険金についての遅延損害金の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないというべきである。

右の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、失当として棄却すべきものであり、これと異る原判決は取消を免れず、本件控訴は理由があり、本件附帯控訴は全て理由なきに帰する。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 外山四郎 判事 海老塚和衛 裁判官小田原満知子は転任につき署名、押印することができない。裁判長判事 外山四郎)

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